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兄弟からの暴言の影響

兄弟・姉妹金銭/遺産トラブルあの頃の自分へ誰かに伝えたい後悔 / こうしたらよかった

私は物心ついた頃から兄が家を出て行くまで、兄からの暴言がすごかった。 呼び方はデブか豚。何かあると死ね。ていうか何を話しても死ねって言われていた。お前は死ね。死ね。死ね。死ね。 物心ついてからいじめがひどくて、暴言はもちろん暴力も受けていた。両親は共働きだったので、夏休みなんか地獄だった。狭い家の中で追いかけられて必死に逃げて、でもすぐ行き止まりになった。両手でキツツキみたいに思いっきり連打で突いてくる。これがめちゃめちゃ痛かった。 馬乗りになってされたこともあるし、押し入れに閉じ込められたり、布団被せられて蹴られまくった記憶もある。 家の中で歌を歌ったとする。お風呂の中だとしてもドアをバンって叩かれてうるせえ音痴!!と怒鳴られた。 家が狭くて私の部屋はなかった。兄と同じ部屋で、2段ベッドの上のスペースが私の場所。テレビは柵の網ごしで観てた。それでも見てたら切れられる時もあった。家の居場所が全くなかった。 1番辛かったのは死ねってずっと言われてたことだと思う。私は小学校の頃には毎日死にたいと思っていた。 私が死んでもどうせみんな悲しまないとか、ベランダの窓から飛び降りたいとか毎日思ってた。 もちろん兄のことも殺そうと思った。何回か、夜中包丁を持って兄の前に立ったと思う。死ねと言われ続けると、本当に死んだ方が良いと思うんだと思う。自分は価値がない人間なんだって思うんだと思う。それがずっとあった。小学生の時は何もかも全部自分が悪いんだって思ってた。 何か話そうとしてもすぐ遮られるからそれが日常だったから、私は自分のことが話せなくなったんだと思う。 基本が自分の話は価値がないとか聞いてもらえないとか、そういうふうに思ってしまう。 そう思ってしまうからこそ、それがきっと伝わって自信のない話になってしまうんだと思う。 色々やってなんとか普通に人と話せるようになったけど、一生こうなのかもしれないと思うと、この暴言の影響は本当に大きい。 小四位の時にほんとにこいつを殺そうと思った。次殴られたらこの相談やってやろうと思った。それを思った瞬間急にパタイと直接的な暴力はなくなった。その後はもうお互い無視になった。たまに鉢合わせると死ねとか言われる位。 兄の事は一生許さない。 あの時の私に今だったらなんてアドバイスするだろう。 母も聞いてくれない。父はもっと怒りっぽくて、父に言うと、逆に兄かの反撃がある。身近に手を出そうとなるもいない。 「あなたのせいではない。あなたのせいではないと強く思って欲しい。図書館や児童館など、逃げられる場所を作ってほしい」 そして「あなたはこんなところが素敵なところだよ」って伝えるかな。

匿名2025/11/20 16:16:28コメント: 0

親戚

ただの吐き出し場所親戚

小学校に上がる頃まで、兄弟揃っておばあちゃんちにいっていた。 幼稚園の時から遊んでくれていた親戚のお兄さんがいた。その頃大学生位だったと思う。幼稚園の時はいつも一緒に遊んでくれたりした。だから兄弟揃って好きだった。小学校に上がりいつものように会ったときに、女の子らしくなってきたね、将来よろしくねと言われた。それがなんか気持ち悪かった。 その頃は、兄たちも小学校高学年か中学生になっていた。いつも親たちとは別の部屋で子供たちだけで遊んでいたので、4人だけで喋っていたときに、男だけで何かひそひそニヤニヤ笑っていた。私はそれが何かいやらしいことを話してるっていうのがわかった。 その後にみんなでテレビを見ていた。その大学生のお兄さんがこっちおいでと言ってきた。抱っこしてあげるという意味だった。そこで抱っこしてもらったときに服の上から胸や体を変な風に触られた。 それが嫌で逃げようとしたけど、逃げ出れないように捕まられた、それがすごく怖かった。 その後下にいる母のもとに行って、母に勇気を出して伝えた。「体触ってきた」と。 そしたら母は「何言ってんの、気のせいだよ」と言った。 私はその時怖くてすごく怖かったのに、こんなこと言うのも恥ずかしかったけど伝えたのに、その一言でそれ以上何も言えなくなった。 その後はどうすることもできないから、とりあえず逃げた。その人と会わないように。 そのうち兄たちは、田舎に一緒に来なくなって、私だけが行くようになった。ずっと母にはあいつに会うのは嫌だと伝えていたけど、特に守ってくれなかった。だから来たらすぐにトイレに逃げてた。 そんなふうにしてたら、ふとした時にバックの上に置いてあるよと、そいつが言ってきた。 自分のバックを見に行ったら、その上に紙に書かれた絵が置いてあった。 そいつは確か絵が得意で、美術系の学校に行っていたと思う。その絵を見てみると、私の似顔絵、その体が裸の絵だった。 私は背筋が凍りつき、震えながら、その絵をすぐに燃やした。 その時の上ざわざわって言う経験が、その後たまにフラッシュバックしてきた。なんか急に気持ちが悪い。そんな風になることがあった。 母にはあの時守ってもらいたかった。私は娘が親戚のどんな人どんな身近な人であっても気をつけてあげたいと思う。冗談だよって思うことだって娘が言うことだったら信じて、できる限り守ってあげたいと思う。

匿名2025/11/20 15:15:04コメント: 0